スターゲイズオリジナル FZ-RF双眼鏡 開発よもやま話

●開発をはじめた経緯
 当社企画双眼鏡シリーズは、2000年11月発売のBK-2000以来たびたびモデルチェンジを繰り返してきていますが、2003年の新BKシリーズで一旦このシリーズは「完成」をみました。お求めいただいたお客様からのご意見を伺うと、性能としては満足しているものの、より「見える」機種が欲しいという感想も多く寄せられていました。
 新BKシリーズの発売から3年たった2006年の5月、その声に答えるべく、新しいオリジナル双眼鏡の設計に着手しました。これまでのシリーズの安価な価格はそのままに、より直感的に「見える」と実感できる双眼鏡にすることを目標に、いろいろな可能性を探りながらどのような製品にすれば目標を実現できるか、試行錯誤を繰り返してきました。
 これまでのシリーズでは、従来からのオーソドックスなポロプリズム型双眼鏡の基本的な設計を踏襲してきました。射出瞳径が7mmになる口径と倍率=7倍50mmを守り、人間の通常の視野で対象を明瞭に見ることができる視野角が約50度であるとされることから、見かけ視界は約50度とし、このスペックで性能とコストのバランスよい両立を考えてきました。
 同じスペックのままで直感的に「見える」と思わせるためには、これまで以上にコーティングや内部反射を減らすための処理をするなどの方法がありますが、これらは手間がかかる割りには大きく性能を上げることにはつながらないため、対費用効果はあまり大きくないと考えました。そうすると、倍率や視界といった抜本的なスペックの見直しが必要なのではないかと考えました。
 双眼鏡の基本的なスペックとしては、口径・倍率・視野の3つが上げられます。口径を大きくすると明るくなりますが、その分大きくなり重くなります。このため、手持ち使用を基本としているこのシリーズでは、これ以上口径を大きくすることは考えにくい。そこで、倍率と視野の2点について検討していくことにしました。

●見かけ視界を広げるには・・・
 まずは見かけ視界。人間が対象を明瞭に見られる角度が約50度だとされているのは事実で、瞳を動かさずにまっすぐ見つめたときには、この範囲より外側にあるものをはっきりと認識することはできません。その原因としては大きく分けて2つあり、1つは網膜と視神経およびそれを脳の伝える伝達方法に関係するもの。光を網膜で受け取ったあとに視神経に伝達する組織は、網膜の中心部にある「中心窩」と呼ばれる部分が最も敏感で、ほぼ100%の光を脳に伝達できます。しかし、その周辺部にいくほど鈍感になり、光を100%伝えることができないのです。
 もう1つの原因は、人間の眼球でレンズと同じ役割をしている角膜と水晶体にあります。人間の角膜と水晶体は普通の凸レンズと同じような形をしていて、角膜周辺にある毛様体という組織によってその形を変えることで、湾曲した網膜にピントを合わせています。しかし、普通の凸レンズでは、まっすぐ入ってきた光は正確に焦点を結ぶことができますが、斜めから入ってきた光は焦点がずれる=ぼけて見えてしまうことになります。この範囲が、一般に言われている視野角50度の根拠とされています。
 そこで、現在わかっている角膜と水晶体の屈折率と、日本人の標準的な眼球の大きさと形状をもとに、パソコンと光学計算ソフトを使って、双眼鏡のレンズ・プリズム群と眼球を含めた屈折率で様々なシミュレーションを行い、低倍率の双眼鏡で視野周辺まで網膜にピントを合わせるのに最適なレンズを設計してみることになりました。この設計自体はそれほど難しいことではなく、ある程度光学にたいして知識がある方がパソコンを使えば、どのようなレンズを組み合わせればそれが実現できるかは解るものです。
 シミュレーションした結果、既存のケルナー型アイピース(2群3枚)に2枚のレンズを加えると、比較的良い結果が得られることがわかりました。以後、この設計のアイピースを「RFアイピース」(Retina Focus=網膜焦点)と呼ぶことにしました。しかし、実際にそれを覗いて見ないことには、周辺部まできれいな像を結ぶかはわかりません・・・。

●倍率(射出瞳径)の検討
 双眼鏡や望遠鏡で「倍率」というと、それがその双眼鏡や望遠鏡の性能そのものだと思われる方がとても多いのですが、実際には「倍率」はレンズの組み合わせでどうにでもなるものです。実際に「よく見える」望遠鏡や双眼鏡を作るためには、倍率と口径(明るさ・分解能)のバランスが見合った組み合わせにする必要があります。
 「明るさ」は、同じ口径(光を集める能力)であれぱ、倍率が低ければ低いほど明るくなります。しかし、人間の目で見る場合、もう一つ「射出瞳径」というものを考慮する必要があります。
 人間の眼球は、明るさによって網膜に届く光の量を調節する「瞳孔」というものを持っています。明るいところではこの瞳孔が小さく絞られて、入り込む光の量を少なくします。反対に暗いところでは、瞳孔をいっぱいに開いて、光をなるべくたくさん入り込むようにします。人間の瞳孔は、最も開いたときで約7mmとされています。
 では、なぜ望遠鏡や双眼鏡の設計に時にこの数値が関係するのか。先ほどの見かけ視界の項目でも書いたように、人間の目は網膜で光を感じ取っています。ですから、その手前にある瞳孔はカメラのレンズの途中にある「絞り」と同じ役割をすることになります。接眼鏡から瞳に照射される光の直径=「射出瞳径」が瞳孔より大きくなってしまうと、せっかく望遠鏡や双眼鏡が集めてきた光の一部をさえぎってしまうことになり、せっかくの性能を100%生かすことができなくなるわけです。
 射出瞳径は、口径÷倍率という単純な計算で求められます。7倍50mmの双眼鏡であれば、約7mmです。7倍より倍率の低い双眼鏡を作ると、50mmの口径では射出瞳径が7mmより大きくなってしまいます。これが、7倍より低い倍率の双眼鏡が作られない理由です。ところが、前段で書いたように、人間の瞳孔は明るいところでは収縮してしまいますから、実は7倍50mmの場合では、明るい対象を見ているときには、その光を100%網膜に伝えているわけではないのです。
 そう考えると、明るいところで使用することを考えれば、少し倍率が高い設計のほうが「よく見える」と感じることにはならないか?。また、瞳孔が7mmまで広がるには、人間の目の性質上時間がかかることや、昨今の明るい夜空の中では、実際に7mmまで瞳孔が開いているかどうかの疑問も残ります。仮に瞳孔が5mmだったとすると、7倍50mmでは射出瞳径の外側の光は網膜には届かないため、10倍50mmの時と明るさは変わらないことになります。
 そこで、従来からの7倍50mmと、射出瞳径が5mmとなる10倍50mmの両方を平行して開発をすることにしました。基本的にはアイピースを交換するだけで倍率を変えることができるので、開発のコストはそう高くはないと考えたのです。

●テスト機の製作
 上記を踏まえて、かねてから取引のある中国のメーカーに試作機の製作を依頼しました。試作機とは言っても実際に製品につながるものを作らなければならないため、すでにメーカー側にある既存の筐体やレンズを組み合わせて、もっとも設計に近いものを作ってもらい、6月に7倍用の筐体を使って10倍のRFアイピースを組み込んだ試作1号機が完成。RFアイピースを組み込んだ接眼部は、非常に長くあまり格好が良くない・・・。 しかし、覗いてみてびっくり!。確かに視野の周辺部までよく見えるじゃないですか!。想像以上に設計がうまくいっていることを実感しました。現行の7倍50mmと比較しても見え方が悪くなることはなく、それ以上に倍率が高いため細部が良く見えてくる。
 一方で、7倍の倍率のままでRFアイピースを組み込んだモデルは、どうも設計がうまく行かない。この見かけ視界をフルに活用すると、実視界は9度くらいまで広げることができるのですが、それを実現するにはかなり大きな専用の設計のプリズムにしなければならない。大型双眼鏡用のプリズムを組み入れば実現は可能ですが、筐体が非常に大きくなる。プリズムの1面をメッキして反射させることでも可能ですが、像の悪化や暗くなることは目に見えているので、その設計は考えませんでした。
 結果的に、7倍超広視界を実現するのは難しいと判断し、この時点で7倍モデルの開発は打ち切りとなりました。

●レンズの改良
 RFアイピースに予想以上の成果があることが確認できたので、これを使ってもっと実践的な製品に仕上げて行く作業に取り掛かりました。最大の問題点はアイピースが大きく長くなってしまうこと。これを避けるには、アイピースのレンズの直径を小さくする方法もありますが、それでは覗きにくくコントラストも低下してしまう。また、レンズ数が増えることにより反射も増加し、像が暗くなってしまう点も大きな問題です。
 それをメーカーに相談したところ、「レンズを非球面という手がある」という解答が返ってきた。昨今、コンパクトデジカメや携帯電話をはじめとした光学機器のコンパクト化に伴って、非球面レンズの技術は急速に発達しました。非球面にすることで、それまで複数のレンズで行っていた収差の補正を1枚のレンズで行えるようになったわけです。このメーカーでも非球面レンズの製作は行っていましたが、双眼鏡用の大きなレンズは作ったことが無い。けれど技術的には可能とのこと。しかし、こちらではその開発費用負担はできない・・・。
 しばらくいろいろな可能性を探る時間が過ぎ、あらためて9月にメーカーに可能性を打診したところ、既存の機械でも作れそうだと、テストケースとして試しに作ってくれることになった!。頓挫していた計画が前に進みだしました。
 こうしてできた試作2号機が届いたのは10月下旬。あんなに長かったアイピースが、非球面レンズでシンプルになり、双眼鏡として使用するに十分な大きさになりました。昨今の技術の革新にあらためて驚いてしまう。覗いてみても違和感は無く、RFアイピースの形がほぼ固まりました。

●コストダウンのための思索
 こうして製品の形に近づいたわけですが、非球面レンズを入れた関係でどうしてもコストが高くなってしまう。このままでは現在の製品と価格差がついてしまいます。かといって、プリズムやレンズ・コーティングの質を落としたくはない。あくまで、これまでの製品より「よく見える」製品に仕上げたいのだ。
 そこでメーカーに提案したのが、既存の「型」を使ってコストを下げられないかという案。OEM製品を手がけているメーカーには、すでに生産した商品の「型」がある。ダイキャストや外側のラバーコートに専用の型を起こすとその分コストがかかるが、既存の型で合うものがあれば、それを流用してコストを下げることが可能なはずだ。
 最初はあまり良い返事をしなかったのですが、何度かやりとりをしているうちに、同程度の視野の双眼鏡で、設計に非常に近い型があることが判明。さらに、プリズムとレンズは同一の設計のまま、8倍40mmと10倍50mmの2モデルが作れるという。それならば量産効果でコストを下げられる!。
 こうして、その型にあわせたプリズムやレンズの設計を再度行い、試作3号機が完成したのが昨年末。ほぼ製品と同じに仕上がった筐体は、曲線がとても美しいものでした。外装はいたってシンプルに、ブランドネームや型番などの印刷も行わず必要な仕様だけを記載し、徹底したコストダウンに努めました。

●妥協点も必要
 届いた試作機を早速使ってみる。見え方はほとんど文句なし。ただ、アイピースの設計を試作2号機より小型化したため、内部反射が若干あり、極端にコントラストが強い対象では光のにじみが感じられる。筐体は広い視野をカバーするための大きなプリズムをすっぽり覆っているのでちょっと大型になり、結果的に重量も従来モデルより重くなってしまった。でも、ラバーコートが手によくなじんで、決して重くは感じない。
 私以外の人にも実際に使ってもらって感想を聞いてみた。双眼鏡を持っていない人や、これまでのシリーズを使っている人、また他のメーカーの双眼鏡を使ってる方にも協力していただき、これまでの7倍50mmとこの10倍50mmRFアイピースとを見比べてもらった。結果、昼間の使用では9人中9人全員が、夜空の使用では8人中7人が、10倍50mmのほうが良く見えると判断しました。確かに、ほんとうに暗い山の上などで、長時間目を慣らした状態であれば、瞳孔径いっぱいに光を受けられる7倍50mmのほうが明るく見えることになりますが、はじめて双眼鏡を使う人が、まっくらな山の中に出かけるということはそうそうないと思います。実用面を考えると、この仕様は決して悪くないと思っています。
 RFアイピースについては、何人か周辺部が少しぼけるという感想を持った方がありました。人間の眼球は個人差があるため、角膜によるピント調整の範囲を超えてしまうと、人によっては視野の縁がぼけることはあるかもしれません。また、視野をまっすぐに覗き込んだときに、周辺までピントが合うように設計されているため、眼球を動かして視野の周辺を見た場合には、ピントがずれたり像が歪んだりする場合もあると思います。
 これらの点も改良しようと思えばできなくはないのですが、コストとのバランスを考えると、この程度で妥協すること必要かと考えました。

 こうして、FZ-RFシリーズはいよいよ製品として量産されることとなりました。双眼鏡の入門機としては最適の双眼鏡に仕上がっていると思います。より多くの人に宇宙に目を向けていただくためにも、これからも良い製品を届けて行きたいと思っています。、

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