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スターライトキャラバン in 女川
(宮城県女川町立総合体育館 津波被害避難所)
 6月19日(日)、今回の地震で被災した宮城県女川町の避難所となっている、女川町総合体育館にてスターライトキャラバンを行ってきました。

 これまでも、地震や火山の噴火などの被災地に出向いて星空を見てもらう企画は何度か行ってきましたが、今回の地震・津波災害でも、各地のボランティアセンターやインターネットで情報を発信されている方などを通じて、このような企画を実現できる場所を探っていました。しかし、被災地の混乱が大きいことや被害状況が深刻なところが多く、現地の状況をなかなか把握できないまま時だけが過ぎて行ってしまいました。
 そんな中、女川町のご実家を津波で流された知人を通じて、女川町ボランティアセンターのコーディネーターさんと直接コンタクトを取る機会を得ることができ、ようやく今回被災地でのスターライトキャラバンが実現しました。コーディネーターさんとの話し合いを何度か繰り返し、気象状況を念入りにチェックし、梅雨入り前の確実な晴れ間を狙って、6月19日の開催を2日前の金曜日に決定しました。

 当日は朝8:00に自宅を出発。東北道を北上していくと、福島県境を越えた白河ICから最高速度が80km/hに制限され、路面や法面に補修箇所が次々と現れる。震源からかなり離れているにもかかわらず、中通り地方ではたくさんの被害が見られる。順調に高速を走り、宮城県内に入ると梅雨前線の雲からすっかり抜けて、空は気持ちが良いほどの快晴!。お昼前に仙台南ICから仙台南部道路で海に向かって走る。新幹線と東北本線の線路をくぐり高架区間に入ると、カルバートを越えるごとに路面の修復跡が見えるようになる。この付近はかなり地盤が沈下してしまっているらしい。やがて津波の防波堤にもなった仙台東部道路に合流。見えてきたのは、津波に流された樹木が散乱する荒れた畑だ。
 仙台港北ICからは、道路は内陸に入るので津波の被害は見えなくなる。仙台からさらに40分ほど走り、石巻河南ICを下りて石巻バイパスを市内へと向かう。交通量も多く、沿道のファミリーレストランもたくさんの人でにぎわっている。ここにいる限り、大津波が100日前に来たことは微塵も感じさせない。しかし、バイパスの終点にある石巻大橋付近になると路面に白い部分が多くなり、冠水跡が見えるようになる。旧北上川にかかる石巻大橋は、中央の橋脚部分に大きな段差ができていた。そして橋を渡ると状況は一変し、2階部分まで水に浸かった建物が、無残な姿を残している。
 牧山トンネルという長いトンネルを抜けると、石巻市の東部に出る。この地域は津波で甚大な被害を受けている。しかし、瓦礫の片付けはほとんど終わっていて、無残に外壁が壊された家や店舗が沿道に並んでいるのを見ながら、車を東へと進める。5分ほど走ると、右手に大手スーパーのショッピングセンターが見えてくる。駐車場にはたくさんの車が止まっていて、どうやら普通に営業しているらしい。この付近は周辺の地域と標高も変わらない海に面した場所なのに、津波の被害の跡がほとんど見られない。万石浦と呼ばれる巾着のようにすぼまった入り江になっていて、津波の海水が堰きとめられる形になったのだろう。
 しかし、この地域も津波とは別の被害を受けている。よく見ると、道路の舗装が新しく、沿道の家より50cmくらい高く盛られている。地震による地盤沈下が起こっているのだ。たまたま通ったときは引き潮だったため冠水していなかったが、満潮時には道路や床下が海水で浸水してしまう。そんな中でも、人々の生活を支えるコンビニは元気に営業していた。店に入ると、普通のコンビニと同じように豊富に品物が揃っている。違うのは、自動ドアのところに積んである土嚢だけ・・・。
 コンビニを過ぎると、道路は海岸線の小高いところを走る。万石浦に守られて、沿道の家もほとんど被害は見られない。いよいよ女川町に入り、下り坂に差し掛かる前から、道路が真っ白になってくる。そこに現れたのは、延々と遠くまで続く白い「土地」。下り坂なのでアクセルを踏まなくても車は進むが、足が震えるほどの光景。瓦礫がきれいに撤去され、基礎だけが残った「土地」が、道の両側からはるか上にかろうじて建っている家まで広がっている。高台に立つ女川町立病院を回りこむように車を進めると、町の中心部に入る・・・が、そこには横倒しになった鉄筋コンクリートの建物と、ただ白い「土地」があるだけ。駅があったはずの場所は、長いホームだけが取り残され、線路もなにもなくなっている。

 車が走った轍に沿って、ナビゲーションを頼りに丘に通じる道を登り始める。すると、すぐに小学校か見え、その向こうに目的地の体育館が見えてくる。木々の緑が青空に映えてとても美しい!。この道を走る限り、ここに津波が来たことは微塵も感じさせない。まずは運動場の一角に設置されたコンテナハウスにあるボランティアセンターに、支援物資として持ってきた蚊取り線香600枚を届ける。周囲には、他のボランティアの人々が炊き出しや音楽の演奏をしたりしているのが見える。日曜の昼下がりのお祭りのような気分だ。

 早速、望遠鏡のセッティングを始めると、子どもが数人興味を持って集まってきた。とりあえず、太陽が見えるようにすると、ちょうど大きな黒点が見えている。持ってきた日食めがねを記念に配りながら、運動場に出てきた人々に太陽を見てもらう。そこには、被災地という特別な場所ではなく、いつものスターライトキャラバンと何ら変わりない時間が過ぎていく。太陽が西の空に低くなるころ、夕食の時間になる。さきほどから運動場では、自衛隊が炊き出しのから揚げを作るいいにおいがしている。夕食の配布が始まるアナウンスが流れると、食器を持って運動場に出てきた人たちがもの珍しそうに望遠鏡を覗いていく。

 夕食が終わり一服したころ、ようやく太陽が沈み、空がゆっくりと暮れていく。運動場の照明が明るいので、一番星を探すのにちょっと苦労したけれど、19:30ごろにはアークトゥルスや土星が見え始め、望遠鏡に次々に天体を入れていく。待っていた子どもたちから歓声が上がる。ここでは自衛隊の設置したお風呂に常時入れるようになっているので、お風呂帰りに寄っていく人も多く、日常のような非日常な感じが面白かった。その後、消灯時間の21:00まで三々五々のんびりと星空を楽しんでいただくことができました。

 機材を撤収して、避難所をあとにして丘を下りはじめる。照明で明るかった運動場から少し車を走らせると、そこは何も無い真っ暗な「土地」。人の気配の無い、恐ろしいほどの暗闇だ。ここに来る前、下調べをしているときに読んだ、「避難所から山を下りると、津波という現実に引き戻される」という被災者のブログの言葉を思い出した。さっきまでの楽しい時間がまるで夢だったかのような、しかしこれが現実なのだ。
 何も無くなった真っ暗な「土地」を走って、津波が乗り越えた尾根を過ぎると、行きにも立ち寄ったコンビニが、何事も無かったかのように営業していた。ただ、私たちが滞在している間に満潮を迎えたらしく、駐車場が濡れているのが見えた。行きと反対のコースを走り、仙台港北IC近くのビジネスホテルに夜11時前に到着。このホテルも津波の被害を受け、いまもエレベーターが動かない。階段を4階まで上がり、シャワーで一日の疲れを流す。避難所の硬い床で休まなければならない被災者の方々には申し訳なく思いながらも、ベッドの中で今日あったことを思い出していました。避難所の皆さんはみんなとても元気でした。むしろ、私たちのほうが元気をもらったくらい、とても前向きな気持ちさせられました。来てよかった。と思うと同時に、また来たい。復興していく女川をこれからも見続けて行きたい。そんな気持ちになりました。

 最後に、今回私は被災地の写真をまったく撮ってきていません。正直に言って、撮る気持ちになりませんでした。でも、津波の恐ろしさはやはりできるだけ多くの人に知ってほしいし、また、被災者が置かれている現状は、私たちは知るべきだと思います。今回下調べをしている途中で、女川町に津波が来たときの様子を記録した貴重な動画があることを知りました。私たちが見聞きすることができる全国放送では、女川のことは原発のこと以外ほとんど目にすることがなかったのですが、あまりにもショッキングな映像だったので、皆さんにも見ていただければと思い、ここにリンクさせていただきます。港に面した観光施設「マリンパル女川」に避難していた方が、津波の来襲から引き波までの様子を記録されています。

●宮城県女川町を襲う大津波 : 動画 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/stream/m_news/vn110421_2.htm

 引き続き、被災地でのスターライトキャラバンができ場所を探しております。ご連絡先などをご存知の方は、電子メールまたはお問い合わせフォームよりご連絡いただければ幸いです。

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